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once 6 最低な晴天

***6***

ここ?

……マジで?!

有芯はがっくりと肩を落とした。そこはどう見ても、携帯電話のショップではなかった。見た感じは………良く言って薄汚れた駄菓子屋。悪く言えば………廃屋。

俺は………確かに地図通りに来た。肉屋と煙草屋もあった。

十数秒立ちつくしたところで、有芯は深いため息をついた。

帰ろう。

踵を返したその瞬間、強い力で上から肩を押さえつけられた。有芯がぎょっとして見上げると、目の前にやたら背の高い男が立っている。身長178cmの有芯より、頭1つ分も大きく、腕も細身な有芯の3倍近くの太さがある。そしてその後ろには、意地悪い顔をしたピンクのモヒカン頭もいる。こっちはかなりのチビだ。

「ここに何か用か?」

有芯の両肩にその大きな手を置いたまま、大男が言った。声は静かだったが、その落ち着き方にはどことなくぞっとさせられるものがある。

有芯は、事実を伝えたところで見逃してはもらえないであろう雰囲気を察した。彼はおどおどして、「店を間違えたんで、用はないです」と言った。

「へぇ~、お前、ここにまっすぐ来ただろう? どうして間違った? 誰かに聞いたか?」

ピンク頭が、顔に似合った意地悪い声で言いながら、こっちに近づいてきた。

それ以上近づかれると面倒だ………少し卑怯だが、2対1だ、勘弁しろよ…!!

有芯は瞬時に大男を押して適度な間合いを取ると、大男の体に向かってミドルキックを………お見舞いすると見せかけ、速度のついた足を脛に振り下ろした。

「ぐ……ん……………!!!」

大男は声も出ない。

「てめぇ……」

ピンクのふざけた声が裏返った。

同じ手は通用しないだろう。走り出そうとしたが、間に合わず、わき腹にピンクの蹴りをくらってしまった。有芯はよろめき、店の壁に手をついた。店の中に、ちらりと乾物の袋らしきものが見える。

「お前もどうせ、本屋のまわしもんだろう? あの野郎も懲りないねぇ」

ピンクは有芯の胸ぐらをつかんだが、彼が有芯よりかなり小さいのでその様子は滑稽だ。

「俺はそんなヤツ知らないけどな」

そう言いニヤリと笑うと、有芯は隙を見つけてピンクの頭蓋骨の境目をできる限りの力で殴った。うめくピンクとうずくまる大男を残し、彼は走り去った。

くそ………! 有芯は走りながら肋骨を押さえた。

効いたな………。でもたいしたことはない。ひびまでは入っちゃいないだろう。

ひび、か………。

“有芯、なにその顔? またケンカ!?”

“先輩………。俺、マジでしんどい………。きっと肋骨、ひび入ってる………いてっ、いってぇぇーーー!! 何で叩くんだよ?!”

“しっかりしな! 今日は本番なんだよ? あんたがへこんでても、舞台では手を抜かないからね。”

“あんた、鬼だな………”

“本当に男なら、肝心な時だけは痛みを忘れてみせなさい”

不敵な笑顔を見せたあの女。あれはもう、10年も前の話だ。

先輩………あんたが今の俺を見たら、一体なんと言うんだろうな。笑うかな。………きっと笑うだろう。

有芯はバス停に着くと、がらがらに空いているバスに乗った。最悪だ。晴れた日は、俺のラッキーデーのはずだったのに。

結局、携帯は死んだまま。バスの時計を見ようと、顔を上げた時………有芯は信じられない光景を見た。

時計は、2時55分を指していた。そして、その時計の真下の座席には………

「久しぶりだね、有芯」

朝子先輩の、不敵な笑顔があった。



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